ぶたろうノート

棋力向上のための覚書

Ponanzaの現在の課題 (3) 銀ばさみの理解

前回の続きです。挑戦者の筋違い角に対して、Ponanzaが銀を繰り出します。そこで、山本さんは「Ponanzaは銀ばさみを食らう可能性がある」と指摘します。どうやら、銀ばさみを理解するのはコンピュータにとって、そう簡単なことではないようです。

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筋違い角

山本「筋違い角で始まった将棋なんですけど、どうでしょうか、形勢は」

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斎藤「あのですね、筋違い角に下(先手)側が居飛車にするのは少し珍しいかなと思いますね。振飛車模様にすることが多くて。

それはなぜかというと、▲3四角と筋違い角をした後の角を収納する場所の問題なんですけど、今は5六ですけど、6七とか7八に引くことが多くて、今ちょっと多分引かずに指そうとしてはると思いますけど、そうなると、角がいる側に玉を囲うと狙われやすいというか。

よくある格言は『玉飛接近』は良くないってありますけど、角でも同じことが言えるので、角を左側に送って、玉を右側に囲う、『筋違い角 + 振飛車』っていうのが多い作戦なんですけど。一応(挑戦者は)工夫されてると思うんですけど…ただ早くも、角歩両取りですからね (第2図)、やや先手苦戦ですね。居飛車の趣向はやや実らなかったと見ています。ただ、居飛車にして、3四の歩を取りましたから、のちに3筋を攻めていく構想だったとは思います。▲3六歩~▲3五歩のようにですね。ただ、それが今だとちょっと間に合いづらい。△4六銀まで来ますからね」

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コンピュータがよく食らう「銀ばさみ」

山本「コンピュータ開発者らしいことを言うと、△4六銀でちょっと良くないじゃないですか。仮に▲3六歩とか突いて、結構な確率で△3一玉とかしてくれて、▲5六歩とかで、銀ばさみを結構食らうんですよ、コンピュータ将棋って(参考1図)」

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斎藤「ああ、そうか。銀を引いていくのって手損と見るとか…」

山本「何かですね、銀ばさみを甘くみてるんですよ(笑)」

斎藤「ああ、ということは銀挟まれてから、大暴れすることが多いんですか」

山本「そうなんです。銀挟まれたあとに、銀の前に歩を打ってやっと(銀を)殺せるじゃないですか。ちょっと手順がかかるんですよね。人間だと形っていうので、一瞬で飛んじゃうじゃないですか。だから、そこで読み筋ですけど、▲3六歩を突くと、▲3六歩に対して△3一玉とか読んで、▲5六歩に…何でしょうかね、多分△6四角とか適当に読んじゃうんですよ(参考2図)」

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斎藤「なるほど、なるほど」

山本「多分、▲6五歩を発見できずに、『▲4七歩を打てないから、別に銀生きてるから、銀挟まれても問題ないわ』くらいのことを…」

斎藤「△6四角をパッと打っちゃう。でも▲6五歩で困りますね(参考3図)」

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山本「っていうのがよくある」

斎藤「弱点を突くなら、▲3六歩と突いてみてほしいところ」

山本「気づくと信じたいんですけども、読みが浅いと、間違いなく挟まれますね、これ」

斎藤「ああ、でも違う手を選びましたね(第2図)。じゃあ、早指しだと挟まれる確率上がっちゃうってことですか」

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山本「そうです。読みが浅いと、挟まれて銀殺されて、ってなるんですけど。人間が思いもしない手順、さっき言った△6四角みたいな手順って寿命を延ばすんですよ。これ、水平線効果って言うんですけど」

斎藤「だから、銀が詰まされる手は遅らせることが一応できると思ってしまう」

山本「だから、『銀が死なないから、元気にやれてるから、大威張りしてて良いじゃん』みたいな勘違いをするんですよね。というのがあって、▲3六歩は怖かったんですけども、大丈夫だったみたいです」

 

斎藤「だから、銀が前線に出ていくと、ドキドキすることとかあるんですね」

山本「そうなんですよ。これ、もの凄い怖いんですよ。『ヤダー』って」

斎藤「挟まれるなよ、挟まれるなよと念じるみたいな」

山本「コンピュータ将棋の結構なレベルのところでも、銀よく挟まれてます。弱そうですよね(笑)」

斎藤「でも、まあ、挟まれてから勝負くらいでやってるわけですね、ということは」

山本「いやー、どうなんですかね、▲4六歩、▲5六歩って多分評価が悪いんですよね。表面上挟まれてはいるんですけど、形が酷いですよね、先手」

斎藤「ええ、そうですよね、自分の角道も止めますしね」

山本「そうすると、なかなか気づけ無いんですよ。ただ、思ってるほどほど銀挟んだ側も良くなくて。なんとも言えないところなんですけど、よくそういう勘違いをしますね。部分の形で解釈して欲しいんですけども」

斎藤「確かにそれは、人間もよく判断しますね。▲5六歩は角道を止めちゃうから、ないとかいうのも人間もありますね。ただ、この場合は銀挟めますからね」

山本「ただこれで、銀ばさみを理解するのに、何個の駒の関係が必要かっていうのがあって。△4六銀に対して、▲4八銀と▲3六歩と▲5六歩と、4筋に歩がなくて、(持ち駒に)歩がある、っていう。5、6個の駒の関係を理解しないと、評価できないんですよね」

斎藤「そうですよね、しかも、違う形のときもありますしね」

山本「だから、これを評価関数だけでやるのは難しくて、探索中に発見しないといけないんですよ。ちょっと困ってるんですよ、だから。そういうことがあるんですね。逆に、『これは単に大威張りしてる銀だ』みたいな認識があって、これが大威張りしてる銀なのか、挟まれてる銀なのか…」

斎藤「…かを区別しないといけない」

山本「その区別がすごく難しいです。コンピュータ将棋は、そういうことを悩んでますね、ひとつには」

斎藤「そうなんですね。でも、そういうことがもっとありますよね、多分。銀ばさみ問題だけでなく…」

山本「そうですね。プログラマーから見えているのはそういう問題なんですけど、潜在的には、いっぱいどう解釈すれば良いか難しい…これは威張ってる銀なのか、つんのめってる銀なのか…」

斎藤「その時によりますよね、人間はそういうことの判断はできているような気がしますね」

山本「だから、いつもそういうバランスを探してるというか…そもそもは、銀ばさみってことを理解していれば、バランス考えなくても良いんですけど、銀ばさみの形を理解するには、まだちょっと難しいですかね…もの凄いいろんなことを考えないと、銀ばさみってわからないので」

斎藤「そうですよね、状況が違っても銀ばさみのときもありますもんね。銀ばさみのパターン、多すぎるかもしれませんね」

山本「昔は銀ばさみをプログラマーが一個一個書いていたんですよね、『銀ばさみとは、▲3六歩があって、▲5六歩があって、4筋に歩がなくて…』みたいなことを書いてたんですよ」

斎藤「ええ、仮に▲3六歩が、相手の△3五歩だったとしても、銀ばさみの形で、そういうのも判断しないといけないですからね。難しいですね」

山本「銀ばさみって軽く言ってるけど、難しいんですよね。ちょっとコンピュータの気持ちがわかってくれたんじゃないかと」

斎藤「わかります、わかります、なるほど」

コンピュータ将棋における職人芸の敗北

山本「昔はそういうふうにコンピュータ将棋って作られていて、まさに職人芸になっちゃいますよね。ただ、職人芸は敗北したんですよね。というのは、こうやって書いていくんですけど、結局、その方が銀バサミをわかっていても、銀バサミのルールを列挙しきれないんですよ」

斎藤「コンピュータに分からせきれないという感じでしょうかね」

山本「そうです。斎藤さんに『銀ばさみのルールを書いて下さい』っていうのを想像してみれば分かると思うんですけど。大変ですよね」

斎藤「確かに具体化するのがすごい難しいでしょうね」

山本「そうですね、具体的に言わないといけないから。『こうで、こうで、こうだったら銀ばさみ』みたいなことを書いて。『だけど、これは銀ばさみじゃない』みたいな」

斎藤「例外みたいのもありますからね。そうか、定義を作るっていうのが難しいんでしょうかね」

山本「結局、そうやって書いてきたんですけども、今はそういうのは流行らなくなったというか、敗れましたね。結局、そうやって書いていっても報われないから、あまりそういうことをせずに…」

斎藤「なるほど、なるほど。他で良くしていくような感じになってるわけですか」

山本「機械がいかに自分で分かるようにするかっていうのがポイントになってきますね。ちょっと話は変わるんですけど、スパムメールのスパムかどうかの判定って、それなりに上手にできるじゃないですか。昔はやっぱり書いてたんですよ、職人たちが。結局、多彩化するスパムメールにルールが追いつかなくて、敗れ去って….今はそういうことをせずに、むしろ、自分たちじゃなくて、機械自身にわかってもらう方向性に進んでるという感じですね」

斎藤「なるほど、同じようなことがあって」

山本「本当どの業界でもあって。今、コンピュータが向かいあってる問題っていうのは、そういうのばかりですね。人間が書けない、人間がわかってても書ききれないことを、自分たちで理解するしかないっていうのが、コンピュータに求められてる課題ですね」

斎藤「コンピュータたちにかかってるわけなんですね」

山本「そうですね。だから、やっぱり、ときどき変なんですよね」

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コンピュータが銀ばさみを理解するのが難しい理由が述べられ、さらに話は現在コンピュータの課題へと話が広がっていき、大変面白かったです。

 ところで、この記事をアップするより前に、やねうら王さんが銀ばさみについての記事をアップされました。こちらは、コンピュータ開発者の視点で、かなり詳しく書かれています。

マイナビ 将棋新世紀 PonaX
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