ぶたろうノート

棋力向上のための覚書

桐谷広人七段 弟子大平武洋五段を語る

ニコニコ動画での第3回将棋ウォーズ名人戦 最終日 生中継でのスペシャル・ゲスト桐谷広人七段が、弟子である大平武洋五段の前で弟子について語ってくれました。桐谷先生、本当に面白いです。

桐谷さんの株主優待生活 (単行本)
桐谷さんの株主優待生活 (単行本)

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桐谷「大平君がわたしのところに来たのは、1990年だと思うんですけど」

大平「ずいぶん昔ですね」

桐谷「中学校1年生だったかな、あのとき」

大平「そうですね、はい。奨励会受けるちょっと前です」

桐谷「わたしは、それまでにも弟子を取る話っていうのは結構あったんですが、わたし独身でね、自分自身の世話もままならないのに、とても弟子を取れないと思って、ずっと断ってたんですね。ちょうど大平君が入る直前に、地方のわたしと親しい将棋ファンの方がいて、弟子にしてくれって言われたんで、お断りしたら、わたしの弟子にしないなら、誰々先生の弟子にしちゃうぞという話がありましてね。誰々先生の弟子になるより、まだわたしの方が良いかと思って引き受けたときに、ちょうど大平君のお父さんから連絡があったんで、弟子はひとりだけよりもふたりいたほうが良いと思って。それで、わたしの家に1990年の夏かな、来ていただいて、お父さんと一緒に。で、初めて会って、初めて将棋を指したというのがきっかけだったんですけどね」

山口「なるほど、そんな出会いだったんですね。プロになるまで大平先生はどのような感じでしたか」

桐谷「そうですね…はじめて会ったときはね、もちろん子どもですから弱いのはしょうがないんですけど、わたしも18で奨励会に入ったんで、筋が悪いってよく仲間に言われたんですけども、やっぱり非常に筋の悪い将棋で、御徒町将棋センターで実戦で鍛えてる将棋だったんでね。筋は悪かったけど、終盤が異常に強かったですね」

山口「終盤型だったんですね」

桐谷「それでまあ、その年に入会しましてね、初段までは割に早かったんですね*1。初段で結構何年か低迷しまして…。ときどきわたしの部屋に弟子を呼んで、将棋指してたんですけど、彼は約束の時間に来ないんですね、いつもね。どうも徹夜麻雀して起きれないらしいんですよ。それで、何回か来ないからわたしも怒っちゃって、もう呼ぶのやめたんですけど。

その頃ですね、ある女流棋士の方から記録やってて、居眠りばかりしているとお叱りを受けるし、一緒に大平君と研究会やってる後輩のプロ棋士はね、徹夜麻雀して研究会にも来ないとか、いろいろお叱りを受けたんで、これはもうダメだなと思ってたんですね。初段で長く低迷してるんで。それで、お父さん宛に『もうダメだ』という手紙を書いたんですね。その後から、急に勝ちだしてね、すぐ三段になったという」

山口「桐谷先生の手紙のおかげで…」

桐谷「いや、それがですね、四段になったとき、お父さんと奥さんと彼と一緒にご飯を食べたら、お父さんはその手紙を知らないって言うんですね。わたしは、まあ確認してないんですけど、お父さん宛の『息子さん、もうダメだ』っていう手紙をお父さんが読まないで、息子さんが読んだんじゃないかな、と思ってるんですけどね」

大平「いや、僕も記憶ないんで、もしかしたら母親が止めてるかもしれないですね」

桐谷「お母さんが読んだのかな。とにかく、あの、もうダメだと思ってね、親に手紙を書いたら、その後からしゃんとして、すぐ勝って三段になりましたね」

山口「そんなエピソードがあったんですね」

桐谷「三段は何期かかかりましたけど、最後16勝2敗というね、18局指すんですけども、三段リーグは。その最高記録タイだと思うんですけどもね。で、四段になった直後にね、王位リーグに入ったんですね。王位リーグで、5対局するんですけど、紅白のリーグ戦で。いきなり3勝1敗とったんですね。最後勝てば挑戦者決定戦に出れるっていうところまでいったんですけど。これはすごい弟子が来たなと思ってね。わたしの師匠は升田幸三なんですけど、升田幸三の再来かなと思って、期待してたんですけど。でも、それが彼の将棋のピークだったんです。勝てば挑戦者の一番に負けて、ギリギリで残留できなくて、それ以後はあまりタイトル戦のちょっと手前まで行くっていうことがないんでね。ちょっと非常に残念に思ってるんですけど。ただ、竜王戦ではね、活躍して昇段したりしてますけども」

山口「なるほど。桐谷先生としては、大平先生にさらなる活躍を…」

桐谷「そうですね、まあ、あの、ええ、でも、直接あんまり話はしないんですけど、どうお人の噂によると、やっぱり賭け事が好きとかね。あるいは、タレントの追っかけやってるとか。そういう噂を聞きますんで、もうちょっと将棋に力をいれたらね、一流棋士になれると思いますけどね。今からでも遅くないという」

林「でも、大平さん、その後、奨励会の幹事やられたりとか」

桐谷「ええ、そうですね。それとね、弟子もたくさん育てたりとかね。ファンにも好かれてるみたいなんで」

山口「なるほど。大平先生、歌手のZONEのグループが好きで、持ち時間を一分も使わずに勝利したという伝説があるんですが、それについては師匠としてどうですか」

桐谷「そうですね、確かにノータイムで勝ったという凄いと思います。で、コンサートにも駆けつけたというね…凄い記録を持っておるんですけども。…うーん…やっぱりあの、ちょっと時間を使って慎重に指した方がわたしは良いと思うんですけどね」

山口「最後に、大平先生の恥ずかしいエピソードなどはありますか」

大平「これ以上ないと思いますよ…今の話を、四段に上がったときに、親しくしてというか、応援してくれた方が祝賀会をやってくれたんですけど。で、師匠に最初に挨拶してもらって、今の話をバン!って出たんですよ。お祝いの会のはずなんだけな、と思って。師匠につぐ先輩方もみんな、その麻雀でダメだとか、ドタキャンが多いとか、ずっと言われて…多分、僕ぐらいだと思いますね、四段昇段の祝賀会で誰からも褒められないみたいな」

桐谷「そうですね、わたしが最初に挨拶したんですけど、その後に挨拶した人もみんなね、

彼は野球ばっかりやってるとか、ギャンブルばっかりやってるとか、みんな貶して、誰も褒めなかった祝賀会で、珍しい祝賀会だったですね」

大平「ウチのおやじも『こんな奴がプロになると思えなかった』って言ってましたからね。ぼく、結構考えてたんです。格好良い挨拶を考えてたんですけど、やめましたね。この後にこれを言ってもダメだなあって」

山口「大平先生、本当慕われてますよね」

大平「いや、そんなことはないと思いますよ」

山口「研修会の幹事の先生で」

大平「山口さん、生徒でしたよね」

林「どうでした、どうでした?」

山口「お弁当改革をしてくださいまして…。唐揚げ弁当に。弁当をいろいろ選べるようになったとか」

大平「大した話じゃない」

山口「研修会かなり変わりましたね」

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 弟子を褒めてるんだか貶してるだか…という桐谷先生のお話でしたが、かなり興味深い話が多く聞けて良かったです。桐谷先生は、将棋界から距離を置いているということもあってか、飄々としている印象があり、観ていて気持ちが良かったです。今こそもっといろいろ語ってほしいなあ、と思いました。

歩の玉手箱―楽しく読める手筋の宝庫 (MYCOM将棋文庫)
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